- 法人化すると税金が安くなるって本当?
- いつ法人化すればいいか分からない
- 自分は個人と法人どちらが向いている?
漫画家として活動していると、税金や手続きのことで悩む場面が増えてきたのではないでしょうか。
節税できると聞いて法人化を検討しているけれど、本当に自分に合っているのか迷う人も多いかもしれません。
安易な判断で法人化してしまうと、逆に負担が増えてしまうケースもあります。
この記事では、個人事業と法人の違いや安易に法人化しないほうが良い理由を解説します。
法人化を検討している方は、参考にしてください。
法人化は慎重な判断が必要
「税金が安くなるから」という理由だけで法人化を決めてしまうと、後悔する可能性があります。
法人化すると節税効果が期待できますが、事務負担や維持コストが増えるからです。
以下の表に、一般的な個人事業主と法人の違いをまとめました。
項目 | 個人事業主 | 法人 |
---|---|---|
手続き | 税務署への届出のみ | 登記・税務・社会保険の手続きが必要 |
費用 | 0円 | 株式会社:約20万円~ 合同会社:約6.5万円~ |
税金 | 所得税・住民税・事業税など (合計15~60%程度) | 法人税・住民税・事業税など (合計25~35%程度) |
会計・経理 | 個人の確定申告 | 法人決算書・申告 |
確定申告 | 2/16~3/15 | 決算後2か月以内 |
社会保険の加入義務 | なし(5人未満の場合) | あり |
事業維持費 | なし | 赤字でも税金が約7万円かかる 社会保険料の企業負担あり |
節税 | 青色申告特別控除 (最大65万円) | 経費の幅が広い |
経費の範囲 | 自分の給与・生命保険料はNG | 社宅、日当、役員報酬なども可 |
信用度 | 法人に比べて低い | 高い |
赤字の繰越 | 3年 | 10年 |
法人化してから個人事業に戻すには、手間と費用がかかるため慎重な判断が必要です。
漫画家が「安易な法人化」を避けるべき7つの理由
ここからは、漫画家さんに法人化をおすすめしない7つの理由を紹介します。
- 平均課税が使えなくなる
- 社会保険料が高くなることがある
- お金を自由に使えなくなる
- 役員報酬は年度途中で変更できない
- 事務手続きが増える
- 税理士など専門家への報酬が高くなる
- 個人事業に戻すときにもコストがかかる
平均課税が使えなくなる
個人事業主は所得が高くなるほど高い所得税率を適用されるため、税負担が重くなります。ですが、漫画家さんの場合は、平均課税が利用できると税金を軽減できます。
- 平均課税とは?
-
漫画のヒットなどにより原稿料や印税などの収入が一気に増えた場合に、通常よりも低い税率で税金を計算できる制度です。
平均課税は所得税の制度なので、法人は利用できません。
印税や原稿料収入がメインの漫画家さんの場合、平均課税が使えると法人よりも税負担を軽減できる可能性があるため、安易な法人化はおすすめできません。
平均課税について詳しく知りたい方は、「平均課税とは?漫画家が知っておきたい計算方法や書き方を解説」をあわせてご覧ください。
社会保険料が高くなることがある

法人になると、「社会保険(健康保険+厚生年金)」に必ず加入しなければなりません。会社が加入手続きを行い、役員報酬(給与)に応じて保険料を計算します。
以下の表に、個人事業主(文芸美術国保)と会社(協会けんぽ)の社会保険の違いをまとめました。
項目 | (文美国保・国民年金) | 個人事業主(協会けんぽ・厚生年金) | 法人
---|---|---|
健康保険(本人) | 月額25,700円 | 報酬月額の10.16%(兵庫県) |
健康保険(家族) | 1人あたり月額15,400円 | 扶養家族の分は本人負担なし |
介護保険(40~64歳) | 月額6,100円 | 報酬月額の1.59%(兵庫県) |
年金保険料 | 国民年金:月額17,510円 | 厚生年金:報酬月額の18.3% |
保険料の負担方法 | 全額本人が負担 | 会社と本人で半分ずつ負担 |
保険料の決まり方 | 年齢や加入人数に応じて一定 | 報酬の額に応じて変動 |
健康保険、介護保険(40~64歳の方)、厚生年金の3つをあわせると、報酬の約30%(会社と本人負担の合計)が保険料として発生します。たとえば、月50万円の報酬であれば、月の保険料は約15万円です。
一方、個人事業主の方は「国民健康保険」と「国民年金」にそれぞれ自分で加入します。漫画家さんの中には「文芸美術国保」に加入している方も多く、こちらは保険料が一律の定額制です。
たとえば、以下の条件で試算してみましょう。
- 報酬月額:50万円
- 年齢:40〜64歳
- 扶養家族なし
- 地域:兵庫県
項目 | 個人事業主 | 法人(会社+本人の合計) |
---|---|---|
健康保険 | 月額25,700円 (文芸美術国保) | 月額50,800円 (協会けんぽ) |
介護保険 | 月額6,100円 | 月額7,950円 |
年金保険料 | 月額17,510円 (国民年金) | 月額91,500円 |
合計(月額) | 49,310円 | 150,250円 |
年間では、個人約59万円、法人は本人・会社合計で約180万円の社会保険料負担になります。
- 個人事業主:約59万円(49,310円×12か月)
- 法人(会社と本人の合計):約180万円(150,250円×12か月)
法人にすると、収入に応じて保険料が大きくなる仕組みです。たとえ節税効果があっても、社会保険料が年100万円以上増えるケースもあります。
「税金が安くなるから」と法人化を急ぐのではなく、こうした保険料の増加も含めて総合的に判断することが大切です。
お金を自由に使えなくなる

法人化すると、「会社のお金」と「個人のお金」は、きっちり分けて管理しなければなりません。たとえ自分が社長であっても、会社の口座に入ったお金を、自由に引き出して生活費に使うことはできません。
自分のお金として使うには、「役員報酬」として会社から給与を支給する形になります。この役員報酬も、税務上はきちんとルールが決まっていて、毎月一定額で支給するなどの要件を満たさないと、会社の経費として認められません。
一方、個人事業主であれば、事業で得た利益はそのまま「自分のお金」として扱うことができます。たとえば、取引先から入金された売上をそのまま生活費に充てることも可能です。
法人にすると、こうした自由な使い方ができなくなります。
後悔しないためにも、法人化を検討する際は、「お金の管理がどう変わるのか」「役員報酬とはどんな仕組みか」をしっかり理解しておくことが大切です。
役員報酬は年度途中で変更できない
役員報酬には「原則として、毎月同じ金額を1年間支給し続けなければならない」というルールがあります。
金額を変えるには、会社の期首から3ヶ月以内に手続きを行い、株主総会で承認を受け、議事録に記録しておくことが必要です。たとえば、3月決算の会社であれば、変更できるのは4〜6月の間だけです。

それ以降に変更すると、役員報酬が税務上「経費」として認められなくなり、会社の税金が大きく増えるリスクがあります。
個人事業主であれば、収入に合わせて自由に使う金額を調整できますが、法人ではこうした柔軟性がなくなります。
月によって収入の波がある漫画家さんにとっては、「報酬を自由に変えられない」ことがストレスになる場面もあるかもしれません。
法人化を考えるときには、このような役員報酬のルールもふまえて判断することが大切です。
事務手続きが増える
法人になるとたとえ社長1人だけの法人であっても、個人事業主のときにはなかったさまざまな事務手続きが必要になります。
必要になる主な手続き
手続き | 頻度 |
社会保険の加入手続き | 設立時 |
源泉所得税の納付 | 毎月または年2回 |
社会保険料の支払い | 毎月 |
算定基礎届の提出(社会保険) | 毎年 |
決算書・法人税申告書の作成 | 毎年 |
株主総会の開催・議事録の作成 | 毎年 |
また、個人の健康保険は役所が自動的に保険料を計算してくれますが、法人では自分で計算して届け出をしなければいけません。慣れないうちは負担に感じる方も多いです。
税理士など専門家への報酬が高くなる
手続きが多くて大変な場合、税理士や社会保険労務士などの専門家に依頼することになります。法人は個人よりも処理が複雑なため、報酬も高くなる傾向があります。
たとえば税理士に申告を依頼する場合、個人事業主なら年間3万円以下、法人になると3万円以上が一般的です。
専門家に依頼する前提で法人化を検討する場合は、その分のコスト増加も見込んでおく必要があります。
個人事業に戻すときにもコストがかかる
法人化したものの個人事業に戻したいとなった場合には「解散手続き」が必要です。その際、以下のような費用がかかります。
費用の目安 | |
登記にかかる費用 | 約4万円 |
官報公告の掲載費 | 3〜4万円 |
専門家への報酬(税理士・司法書士など) | 10万円~数十万円 |
登記は司法書士、確定申告は税理士に依頼するのが一般的です。依頼する事務所によって費用は異なりますが、トータルでかなりのコストになることもあります。
法人化4つのメリット
ここまで、安易な法人化をおすすめしない理由をみてきました。ここからは、一般的な法人化の4つのメリットを解説します。
- 所得が増えると個人よりも法人の方が税率が低い
- 赤字を最大10年間繰り越せる
- 経費の幅が広がる
- 社会的信用が高まる
順番にみていきましょう。
所得が増えると個人よりも法人の方が税率が低い
個人事業主と法人では、かかる税金の種類と計算方法が異なります。

まず、個人事業主が支払うのは「所得税」です。所得税は累進課税という仕組みで、儲けが大きくなるほど税率も上がっていきます。
年間所得 | 所得税率 |
---|---|
194万9,000円以下 | 5% |
195万円以上 | 10% |
330万円以上 | 20% |
695万円以上 | 23% |
900万円以上 | 33% |
1,800万円以上 | 40% |
4,000万円以上 | 45% |
一方、法人にかかるのは「法人税」です。会社の規模や所得金額によって変わりますが、たとえば資本金1億円以下の中小企業であれば、以下の通りです。
所得 | 法人税率 |
---|---|
800万円以下 | 15% |
800万円超 | 23.2% |
そのため、所得が増えると、法人の方が税金面で有利になるケースが多くなります。
ただし、漫画家さんの場合は、印税や原稿料などが収入の中心であれば、平均課税を使える可能性があります。
法人にすると平均課税制度は使えなくなるため、税率の低さだけでなく、平均課税とのバランスもふまえて判断することが大切です。
赤字を最大10年間繰り越せる
法人にすると、赤字の繰り越し期間が最大10年間にのびます。つまり、赤字が出た年のあと10年間のうちに黒字が出れば、過去の赤字と相殺して法人税を減らすことができます。
たとえば、法人化した最初の年に設備やアシスタント代で大きな赤字が出ても、数年後に作品がヒットして利益が出たとき、その赤字分を相殺して税金を減らすことができるのです。
ただし、個人事業主でも「青色申告」をしていれば、赤字を最大3年間繰り越すことができます。
経費の幅が広がる
個人事業主の場合、経費にできるのは「事業に直接関係する支出」に限られます。たとえば、アシスタントへの支払い、仕事用の道具や交通費などです。自分の給与は、経費になりません。
一方、法人では自分の給与(=役員報酬)も経費にできます。さらに、以下のような支出も条件を満たせば法人の経費として認められます。
- 法人契約の生命保険料(契約者・受取人が法人の場合、一部経費にできる)
- 家族を役員や従業員にして支払った役員報酬や給料
- 退職金(社長や家族役員にも支給可能)
- 社宅の家賃
- 出張手当・慶弔金などの福利厚生費
こうした支出は、法人であれば「損金(法人の経費)」として計上でき、法人の課税所得を減らして節税につながります。
たとえば、家族に役員報酬を支払った場合、その家族の所得が一定金額以下であれば、配偶者控除や扶養控除も適用できるため、法人税だけでなく社長自身の節税も可能です。
個人事業主でも専従者給与を使って家族に給与を支払うことはできますが、扶養控除などは使えません。
社会的信用が高まる
個人事業主は、税務署に「開業届」を出せばすぐにはじめられますが、法人は、商号(社名)や所在地、資本金などの情報を法務局に登記する必要があります。
登記された法人は「法的にきちんとした組織」として扱われるため、企業や行政機関からの信頼を得やすくなるのです。たとえば、大手出版社や企業との契約、融資の申し込みなど、法人化していることでスムーズに進むケースがあります。
とはいえ漫画家さんの場合、信用力を求められる場面はそれほど多くないのではないでしょうか。
出版社とのやりとりでは、法人であるかどうかよりも「実績」や「作品の内容」が重視されます。
そのため、「社会的信用を得るために法人化する」ことは、漫画家さんにとってはあまり優先順位の高い理由にはなりません。
法人化に向いているのはどんな漫画家?
ここまで、法人化による節税効果の一方で、手続きやコスト面の負担が増えることから、安易な法人化は慎重に考えるべき理由をお伝えしてきました。
ここからは、法人化が向いている漫画家の特徴を2つ紹介します。
平均課税が利用できない方
漫画家さんの中でも、印税や原稿料がメインの収入がない方は平均課税制度を利用できません。
たとえば、同人誌の販売やイベントでのグッズ売上が主な収入になっている同人作家さんは、平均課税の対象外です。
年間の所得が900万円を超えると、個人事業主の所得税率よりも法人の法人税率の方が低くなるため、法人化によって節税効果が期待できるケースもあります。
ただし、法人は社会保険に強制加入となり、保険料負担が大きくなることがあります。法人化すると、健康保険・厚生年金に強制加入となり、文芸美術国保には加入できません。
一方、個人事業主であれば、同人作家も含めて文芸美術国保に加入でき、保険料も定額制で比較的安く抑えられます。
所得税・法人税だけでなく、社会保険料まで含めた「トータルのコスト」で比較することが大切です。
事務手続きが負担にならない方
漫画の執筆以外に、講師業やデザインの受託など別の業務から収入がある場合は、個人と法人に分けて所得を管理することで節税につながるケースがあります。
たとえば、漫画の仕事は個人事業として続け、イラスト講座や企業向けデザイン業務を法人で請け負うという形です。法人では役員報酬を低く設定して社会保険料の負担を抑えることも可能です。
ただし、個人と法人の両方で会計処理や申告作業が必要になるため、管理の手間は増えます。帳簿の作成や税金の申告を一人でこなせる方、または税理士に依頼して体制を整えられる方に向いています。
【まとめ】法人化は節税だけでなく、事務負担なども含めて判断を
漫画家さんが法人化を考えるとき、「税金が安くなる」というイメージだけで決めてしまうと、後悔する可能性があります。
所得が増えてくれば法人の方が税率面で有利になり、経費の幅も広がるなどのメリットはあります。しかし、平均課税が使えなくなったり、社会保険料が大きく増えたりと、コストや手続き面での負担も決して少なくありません。
漫画家さんは売上の波が大きかったり、信用力をそれほど求められなかったりする職業です。安易に法人化すると、お金の管理や役員報酬のルールに悩まされるかもしれません。
「本当に法人化が必要かどうか」は税金だけでなく、社会保険料や事務負担も含めて、総合的に判断することが大切です。
迷ったときは、税理士などの専門家に一度相談してシミュレーションしてみましょう。
当事務所のサービスメニュー